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みんなの「からっぽ」につまっているもの。

音楽 くぼたくぼ

「お弁当箱がからっぽになって返ってくると、うれしい」。そんな、くらしの小さな気付きを大平一枝さんのエッセイでお届けした
2017年4月の特集「『からっぽ』につまっているもの」には
たくさんの反響をいただきました。
言葉は少ないけれど親密な物語は、
お弁当箱の数だけ育まれている──。
みなさまの物語を想わずにいられない、
ご感想の中からいくつかをご紹介致します。

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Kazue Oodaira 大平 一枝

1964年長野県生まれ。作家、エッセイスト。21歳長男、17歳長女、映画製作業の夫との4人家族。弁当作りは塾弁から数えて足掛け12年。最新著書『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)『あの人の宝物』『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)ほか多数、共著に『母弁』(主婦と生活社)が。朝日新聞デジタル「&w」にて『東京の台所』(写真・文)を連載中。

一度きりの父弁

山口県 40代 女性熱があっても保冷剤を頭に巻いてお弁当を作ってくれるような母が、一度だけ作ってくれない朝がありました。前日に大きなけんかをして、私が母を傷つけるひとことを言ってしまったから。戸惑いつつも素直に謝れない私を見かねて、ふだん料理をしない父が無言でお弁当を作ってくれました。手渡す時に「帰ったら謝れよ」とだけ囁いて。そのお弁当を食べ終えて帰宅すると、心から素直に母に「昨日はごめんなさい」と言えました。父のお弁当は、それが最初で最後です。でも初めて作ったにしては、盛り付けも彩りもきれいでとっても美味しかったです。父の意外な才能に驚きつつ、感謝した一日でした。

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お弁当は母も作れば父も作る。家族だからこそきっと容赦なく言ってしまった言葉も、わだかまりも、家族でフォローしあって水に流します。父弁は仲直りの特効薬だったのですね。

お手紙。

愛知県 30代 女性私は今、旦那さんのお弁当を作っています。旦那さんは24時間勤務なので、出勤する朝、お昼と夜ごはんの2つのお弁当を渡します。 旦那さんは、忙しかったら作らなくていいよと言ってくれますが、私は旦那さんに少しでも喜んでもらえるお弁当を作りたいと思っていつもお弁当を渡します。唐揚げ好きかな?冷めてもおいしいのはどれかな?卵焼き、味付けどうかな?いつも、うちに持って帰るお弁当は空っぽです。毎日、私はお弁当を作ることで24時間いない旦那さんへお手紙を書いているような気持ちです。 体が動く限り、私は旦那さんにお弁当を作り続けたいです。

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お弁当は、24時間シフトで働く夫への愛のメッセージ。お弁当を通して会話をしている仲睦まじい夫婦の日常を覗いた気分です。幸せってささやかなところに宿っているんですね。

1回きりのキャラ弁。

茨城県 40代 女性子供が幼稚園のころ、お友達のママはキャラ弁作ってすごいんだよと言われた。 次の日、早起きしてキャラ弁を頑張って作ったが、帰ってきてお弁当箱を出そうとしない。 どうしたの?キャラ弁美味しくなかった? と聞いたら わからない…なぜか、嬉しそうではなく悲しげにうつむいた。 訳を聞けば、お腹は空いていたのに、キャラ弁は食べたらかわいそうで、食べれなかったらしい。 そして、次からキャラ弁は止め、いつものお弁当に。毎日、きれいに食べてきてくれるようになった。 娘の優しさに、もちろん怒る気は全くなかった。

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親の多くが気構え、またちょっぴり負担でもあるキャラ弁。その意外な展開に、胸があたたまりました。このできごとからお子様の成長を感じられたところがまた素敵です。

29才の娘へ。

広島県 50代 女性私も今お弁当を作っている。 29才の娘のお弁当。
昔よりも、「ありがとう、美味しかったよ」とか「自分で洗っとくね」とか 何気なく感謝を伝えてくれる。 娘は高1の秋から学校に行けなくなった。 何とか卒業させたくて、車で送ったりもしたけれど、 毎日が辛そうで、 2時間ほど居るのがやっと。 弁当が開かれることはなくなった。 そのうち、娘は、 電車にも、バスにも乗れなくなった。 家の窓から道行く人を見て「私はもう、あそこには戻れない」と言った。 あれから13年。 娘は笑顔で「行ってきます」とお弁当を持って出かける。 「今日はお給料日だったから」と言って 私の好きなクルミのお菓子をコンビニで買ってくる。 お弁当を作れることの幸せ。 空っぽの弁当箱のありがたさ。 一緒に歩いてきた道のりがあったからこそ、感じられる。 「お弁当、食べてくれてありがとう」

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お弁当箱が空っぽで返ってくることにこれほど深く感謝している母親がいるでしょうか。お弁当を作ることのできる喜びをあらためて教えてもらいました。

「無理しなくていいのに…」

青森県 40代 女性私は現在、自宅で療養中。高校生の娘と二人暮らし。高校入学に向けて、お弁当箱を2つも用意し、張り切っていた。しかし実際にお弁当箱を使う事ができたのは、まだ3回。体力の回復がイマイチでお弁当作りも追いつかず。それでも娘は「いいよ!」と言ってくれる。 ある日やっとの早起きでお弁当作り。後から起きた娘は「無理しなくていいのに…」と、少し複雑な表情。 あれ?喜んでくれると思ったのになと、私も複雑な心境。 娘が帰宅し「これ」と、お弁当箱を差し出す。 美味しくなかったのかな…少し心配になりながら、お弁当箱を洗っていると「ありがとう。おいしかったよ」と照れ臭そうに小声で言う娘。「ママの調子が大丈夫な時だけでいいから、お弁当…お願いしたいな」娘の言葉が続いた時には、感激のあまり「うん」としか返せなかった。 『お弁当箱に愛情を詰めこめる期間』は、ほんの短いのかも知れない。できる限り、お弁当箱に私なりの愛情を詰めこもう!

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思うように作ってあげられない母親のせつなさ。体調を気遣いながら、でもやっぱりお母さんのお弁当が食べたい娘の小さな甘え。お弁当にこんな深い物語が宿っていたとは──。

夜勤弁当

京都府 40代 男性私の思い出のお弁当は、私が就職して一年経った時のお弁当です。いつもご飯はパンかカップラーメンでしたが、ある夜勤の日、母が「お弁当」と言ってお弁当を渡してきたんです。「どうしたん?」と尋ねると「いいや、何となく」との事でした。「何だ?」と思いましたが思い当たる節もなく…。でも、お弁当を食べながら「そういうことか」と思いつく事がありました。思えば、私がこの仕事に就くことを母は大反対でした。「あんたなんかに出来るわけがない!すぐ辞めるわ!一年勤めたら認めたるわ!」と言われながらも選んだ仕事でした。そして、一年勤めた時の夜勤の日、母はお弁当を作ってくれたんです。家に帰ってお弁当箱を渡すと、「頑張ってるね。」と…。その日から夜勤の日だけは母はお弁当を作ってくれました。 今は結婚もして別居しているので、勿論お弁当はありませんが、今の自分があるのは母のお弁当のおかげです!ありがとう!

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今は四〇代の男性のエピソード。忘れられない母親からの無言のエール。背中を押した側も押された側もお弁当を通して繋がっている。親子の無償の愛に思わず落涙。

ぶっきらぼうな弟

愛知県 20代 女性私には、10個離れた弟がいる。両親は共働きで、弟のお弁当を作るのはいつも私だった。 今まで何も続かなかった弟が、中学から始めたバスケだけは必死に頑張っていた。 それを少しでも後押しするべく栄養はもちろん、好物など欠かさぬように毎日試行錯誤して私もお弁当作りを頑張った。 あれから、7年が経ち私の結婚式の日。 ぶっきらぼうな弟からたった一言だけ言われたはなむけの言葉は「今度は旦那さんに毎日あの美味しい弁当作ってやれよ」だった。 きっと一生忘れられない言葉になると思う。

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7年後に明かされた「ありがとう」の気持ち。最高の舞台で、最高に嬉しい言葉を贈った弟さんに胸を打たれました。弟を思って作り続けたご本人にも、おめでとうの言葉を贈りたい。

生姜のメッセージ

東京都 60代 女性父親を早くに亡くし、母親が遠くの親戚の手伝いに何ヶ月も行ったりしていましたので、小学4年生の頃より、食事の支度は勿論のこと、高校生の兄の弁当も作ってあげていました。ある時に、面白半分で白いご飯の上に紅生姜で「スキ」と書きました。 その日の夕方兄がどんな顔をして弁当箱を渡すのか興味津々でしたが、兄は「弁当ありがとう。明日からは生姜はいらないから」とボソッといいました。私には兄の顔が少し赤くなっていたような気がしました。

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小学生の時からきょうだいのお弁当を作ったがんばりやさんの思い出は、こちらまで胸がほころぶ。仲のいい兄妹の風景が思い浮かぶ、ドラマのワンシーンのようなお話でした。

幼稚園から15年

大阪府 40代 女性この春から大学生になった息子。幼稚園の時にはお弁当を落として、先生の分を分けてくれると言うのにお母さんのじゃないと嫌だと言い食べずに帰ってきたこと。毎学期が終わる度にお弁当ありがとうございました、といつも言ってくれたこと。浪人すると決めた日にあと一年お弁当をおねがいします、と言って頭をペこんと下げたこと。希望の大学に入学して息子にお弁当を作ることはなくなりましたが、15年、息子のお弁当作り、母は楽しんで作りました。こちらこそ、長い間ありがとう。

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なんでもないごく普通の家族の日常。喜びだけじゃない、浪人の時は落ち込むこともあったでしょう。どんな日も、愛を持って子どもと向き合う。その15年に敬意を表します。

機嫌が悪い日

栃木県 30代 女性私は社会人になってからも実家から仕事場へ通い、母の手作り弁当を毎日食べていました。とても忙しい時期に自分でも気が付かなかったのですが、疲れて機嫌が悪い日が数日続いていたみたいでした。数日後お昼にお弁当の包みを開けると、私の大好きな犬の写真がたくさんお弁当箱に貼ってありました。私が元気になるようにペットショップの広告を切って貼ってくれたようです。毎日私の体調や気持ちなどを考えてお弁当を作ってくれた母の愛情を感じました。とても感謝しています。私も子供に将来お弁当で元気付けられたらいいなと思います。

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お母さんの意外でユニークな励まし法にびっくり。いくつになっても母にとって子どもは子ども。お弁当を通して親子はいろんな会話をしているんだなと改めて気づかされました。

お弁当の恩送り

 空っぽの弁当箱についてエッセイを書いたら、おもいのほかたくさんの感想が寄せられた。そのひとつひとつにドラマがあり、心を動かされた。
 それらを読んで、しみじみ思った。
 手作りのお弁当は、自分のためだけに作られた世界でひとつの贈り物。それが毎日続く。そこに物語が、思い出が、愛が、ないわけがない。
 私の拙い文章が、みなさんの心の懐かしい鍵、今まさに頑張っている人の鍵、これから頑張りたい人の鍵を開ける一助になったとしたら、これほど幸せなことはない。
 あらためて考えると、お弁当は不思議だ。褒めてくれるのは、食べた本人ひとりしかいないのに、作り手ははりきる。なにもかもがデジタルによって信じられないスピードで手に入るこの世の中で、なんと手間暇かかる、アナログでスローで、見返りのない料理だろうと思う。
 でも、だからこそ、「私にも」「ぼくにも」と百人百通りの物語があり、紹介したくなるのだろう。なにしろ、そのお弁当のすばらしさはその人しか知らないのだから。
 いや、やはり訂正しよう。見返りはある。愛情をつめてくれた人に、感謝という愛情を返す。そのとき間に合わなかったら、自分の子どもに、してもらったことを返す。「恩送り」という言葉があるが、お弁当はまさにそれだ。次の世代に、愛を返す。見返りは“からっぽのお弁当箱”。
 ありがとう、おいしかったよの、無言の合図だ。
 ところで私は、長男、長女と12年の弁当作りが、あと20日で終わる。高3の娘の登校日があとそれくらいなのだ。
 お寄せいただいたみなさんのように、いつか娘が懐かしく思ったり、感謝してくれるだろうか──。
 なんだか心もとなく、少し焦っている。

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2017年12月掲載

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